掲載日 | 2023.10.19
更新日 | 2023.10.19

【専門家取材】子宮内フローラとは・妊娠や出産しやすさと菌との関係

掲載日 | 2023.10.19
更新日 | 2023.10.19
腸内細菌や皮膚に棲む常在菌など、人間の体にはさまざまな菌が共生しており、私たちの健康にも深く関わっていることが知られつつあります。そんな中、菌はいないと考えられていた子宮にも微量ながら菌が存在し、妊娠や出産のしやすさなどに影響していることが明らかになってきました(※1)。

今回は、不妊治療の最前線で子宮内の菌の状態を調べる子宮内フローラ検査サービスを提供するVarinos(バリノス)株式会社の執行役員・臨床検査本部本部長の芦川さんに、子宮内の菌と妊娠の関係や、子宮内フローラを整える方法についてお話を伺います。

子宮内フローラが妊娠・出産に及ぼす影響とは

世界一の高齢社会となっている日本。その一因として少子化が大きく影響しています。

そうした状況に歯止めをかけるべく、国は2022年4月より不妊治療の保険適用を拡大。さらに7月には、「子宮内フローラ検査(先進医療技術名:子宮内細菌叢検査2)」と呼ばれる検査が保険診療と併用して受けられる先進医療*のひとつとして認められています。

*先進医療:新しい治療や医療技術を公的医療保険の対象にするかどうか評価する「評価療養」のひとつ。一定の有用性や安全性は認められているため、国が定めた適応症において保険診療と併用することが可能。

子宮内フローラとは

子宮内フローラとは

編集部:子宮内フローラという言葉を初めてお聞きしました。どんなものなのでしょうか。

芦川さん(以下敬称略):もともと子宮は無菌であると言われていました。ところが近年、検査技術の進歩により、ごく微量の菌が測定できるようなったことで、子宮内にもさまざまな菌が存在していることがわかったのです。

腸内に存在する多種多様な菌をお花畑に例えた「腸内フローラ」という言葉をお聞きになったことがあるかもしれません。それと同じく子宮内にいる菌群を表した言葉が「子宮内フローラ」です。

子宮内フローラ
画像提供元:Varinos(バリノス)株式会社

子宮内にはラクトバチルスという善玉菌が多いほうがよいと考えられていますが、中にはガルドネレラや大腸菌などの悪玉菌が存在していることもあります。そして、この子宮内フローラの状態が妊娠しやすさに関係していることが分かってきたんです。

子宮内フローラと妊娠率の関係

編集部:それは興味深いです。最近分かってきたことなのでしょうか?

芦川:2016年にスペインの研究チームが、子宮内の善玉菌と悪玉菌の割合によって妊娠しやすさが変わる、という論文(※1)を発表したんです。

ラクトバチルスは糖を分解して乳酸を作る乳酸菌の一種で、私たち人間の腸などにも多く生息しています。 子宮内のラクトバチルスの割合が90%以上を占める女性と90%未満の女性で分け、妊娠率を調べたところ、90%以上の女性の妊娠率は 70.6%、90%未満の女性では33.3%だった、というものです。

この論文の情報をもとに、弊社代表が不妊治療を行う医師に協力を得て日本でも解析を行ったところ、確かに子宮内の菌の割合が妊娠率に影響を与えることが分かりました。

子宮内ラクトバチルスの妊娠・出産への影響
画像提供元:Varinos(バリノス)株式会社

編集部:長年存在しないと思われていた子宮内に菌がいて、妊娠しやすさに影響していたとは、すごい発見ですね。ラクトバチルスが多いと、なぜ妊娠率が高まるのでしょうか。

芦川:仮説の段階なんですけれども、妊娠しにくい女性の子宮内では、体の免疫が過剰に働いて受精卵を攻撃し、妊娠を妨げている可能性が指摘されています。

体内に自分以外のもの、異物が入ってきた時に排除する働きが免疫ですが、妊娠時の受精卵というのは自分の一部でもあるし、お父さんの一部も入っています。母体にとっては異物を受け入れることでもあるので、免疫が働きすぎることは妊娠にとってはマイナスになります。ところが、悪い菌が子宮内に多いと子宮内に炎症が起き、免疫の働きが過剰になってしまう場合があるんです。

ラクトバチルスが作る乳酸は名前のとおり酸性の物質で、悪い菌の増殖を抑えてくれるという働きがあります。結果、ラクトバチルスが多い子宮内では免疫のバランスが保たれ、妊娠率が高まるのではと言われています。

早産、流産リスクの低下も期待

子宮内フローラの状態は、妊娠後の早産や流産リスクに関しても寄与する可能性があると考えられ始めているそうです。

「生児獲得率」と子宮内フローラの関係とは

編集部:体を守ろうという働きが妊娠を妨げることにつながってしまう、そのバランスをとってくれるのがラクトバチルスなんですね。子宮内フローラが影響するのは、妊娠しやすさだけなんでしょうか?

芦川:先にお話しした2016年の論文には、妊娠した女性が赤ちゃんを出産するに至った割合を示した「生児獲得率」についても報告があるんです。

子宮内の菌のうち、ラクトバチルスの割合が90%以上を占める女性は生児獲得率が58.8%、一方90%未満の女性では6.7%という結果だったそうです。

編集部:90%未満の女性では、出産できた方がとても少ないですね。

芦川:悪玉菌である「ウレアプラズマ」「マイコプラズマ」「ストレプトコッカス」などが子宮内に多いと、早産や流産につながりやすい可能性を示す研究結果です。妊娠後、赤ちゃんが産まれてくるまでのラクトバチルスの影響については、弊社でも共同研究などを進めている段階です。

子宮内フローラにおけるラクトバチルスの影響

編集部:ラクトバチルスが多ければ、悪玉菌の増殖を抑えることで早産や流産のリスクも減らせる可能性がある、ということですね。

芦川:まずは妊娠前に子宮内フローラ検査を行なっていただき、子宮内の菌の状態を調べる。もしラクトバチルスが少なければまず増やす治療をする。その後、妊娠の準備または不妊治療を始めることで妊娠率が高まり、さらに早産、流産リスクも下げて出産率を高められることを期待しています。

子宮内フローラの環境は何で判断するのか
画像提供元:Varinos(バリノス)株式会社

子宮内フローラの研究最前線

子宮内フローラの研究最前線

実際にVarinos(バリノス)株式会社で提供されている子宮内フローラ検査は、どのようなものなのでしょうか。ラボの様子も見せていただけました。

子宮内フローラ検査でわかること

編集部:お子さんがほしいと思っている方や不妊治療をしている方にとっては、自分の子宮内フローラの状態がとても気になりますね。

芦川:子宮内フローラの状態については個人差があります。基本的にはラクトバチルスが90%以上を占めている状態が望ましいとされていますが、善玉菌と悪玉菌を半々で持っている方、菌が検出できないほど数が少ない方など、さまざまです。

菌の種類や割合などは、家族で似ている傾向があります。遺伝的な関係まではまだ分かっていないのですが、食生活などの環境要因や体質が影響している可能性がありますね。

また、日本と諸外国でも人が持っている菌が異なっていたりもします。例えば、同じラクトバチルスにもちょっとずつ性質が違う仲間がいるんですが、その割合が国によって違うという研究結果が出ています。

子宮内フローラの状態は変化する

編集部:まさに今研究が進んでいる最先端の分野なのですね。自分の持つ子宮内フローラは一生変わらないものでしょうか。

芦川:子宮内フローラの状態が悪くなる、良くなるという短期的な変化は、生理周期に合わせたホルモンバランスでも変化します。

弊社の子宮内フローラ検査は、生理中以外に受けていただいています。これはヒトの腟の生理周期による変化について、論文から「月経期間に大きく乱れる」とわかっていることが関係しています。

月経期間はいわゆる黄体期とフローラが大きく違うため、検査をしてもあまり参考にならないと考えています。また、血液が多く混入していると検査工程に影響する可能性がある、というのも一因です。

フローラ検査に最適な時期というのはまだエビデンスも少なく、現状は各医師によっても方針が異なる部分です。今後データが増えさらに解明されていくこともあるかもしれません。

普段からできる子宮内フローラの整え方

日常生活で子宮内フローラを整えていくことは可能なのでしょうか。その方法についてもお聞きしました。

発酵食品やサプリメント

編集部:子宮内フローラを普段の生活で整える方法はあるのでしょうか?

芦川:一般的によく言われている、腸内フローラを整えるのとほぼ同じと考えられます。生活リズムを整える、運動をする、などですね。

食事では発酵食品を積極的に摂るのがよいようです。社内のデータで見るとキムチを食べたらすごくラクトバチルスが増えた、という方もいましたね。

また、ラクトフェリンという人の初乳にも含まれる成分があります。

この成分は、悪玉菌を抑えてラクトバチルスが増えやすい環境を作ることが分かっています。ラクトフェリンが含まれた飲料やサプリメントが出ていますので、こうしたものを摂る方法もあります。

ただ、効果や体への影響が出るまでの期間には個人差があります。早いと1~2週間で菌の状態が良いほうへと変化する方もいますし、ラクトフェリンだけでの対応では難しい方もいます。

子宮内フローラのために生活リズムや食生活を整えていくことが大切

子宮内フローラと妊娠や出産についての関係、そして腸内環境と同じく、子宮内フローラも日常習慣により整えられる可能性について、Varinos(バリノス)株式会社 臨床検査本部 本部長 芦川享大さんに詳しくお聞きできました。

インタビュー後編では不妊治療における子宮内フローラ検査について、また子宮内フローラの整えるために有用な成分とされているラクトフェリンについて、さらにお話を伺います。

【参考文献】

1.Moreno I et al.,  Evidence that the endometrial microbiota has an effect on implantation success or failure. Am J Obstet Gynecol. 2016 Dec;215(6):684-703.

記事の監修

株式会社KINS代表、菌ケア専門家
下川 穣

岡山大学歯学部を卒業後、都内医療法人の理事長(任期4年3ヶ月)を務める。クリニック経営を任されながらも、2,500名以上の慢性疾患に対する根本治療を目指した生活習慣改善指導などを行う。
医療法人時代の日本最先端の研究者チームとのマイクロバイオーム研究や、菌を取り入れることによって体質改善した原体験をきっかけに菌による根本治療の可能性を感じ、2018年12月に株式会社KINSを創立。2023年8月にシンガポールにて尋常性ざ瘡(ニキビ)に特化したクリニックを開院。

INSTAGRAM : @yutaka411985 ,  @yourkins_official
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